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Vintage Muses

Hi♥

今日は時代を越えて今なお輝き続ける60年代のミューズたちを集めてみました。

彼女たちのその美貌だけでなく、一風変わった経歴や活動にも注目してみてください!

Peggy Lipton

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名門リプトン家のお嬢様で才能と美貌を持ち合わせたペギー・リプトン。

ペギーは46年、NYで弁護士の父とアーティストの母の間に生まれました。

ユダヤ系アメリカ人として豊かな家庭で育った彼女は、15歳の時に両親の勧めで モデル・エージェントに所属し、演劇の勉強も開始。64年、西海岸へ転居した彼女は19歳の頃にTVショウに出演したことを皮切りに、数々のドラマ、バラエティー番組に出演します。

この頃The Beatlesのポール・マッカートニーと出会い、恋に落ちた 2人はポールがジェーン・アッシャーと婚約してからも関係を続け、ポールも堂々と多くの現場にペギーを伴って現れていました。しかしながら、ポールがリンダと結婚をしてからは、ザ・フーのキース・ムーン、さらにはエルヴィス・プレスリーなどロック界のスター達と次々に浮き名を流しました。

68年には、当時の恋人であった西海岸のポップシーンの重鎮ルー・アドラーをプロデューサーに迎え、自身の名前を冠したアルバム『Peggy Lipton』を発表。ペギー自ら作詞作曲を担当した曲もあり、今でも西海岸ポップス~ソフト・ロックの名盤と言われています。

74年には後にマイケル・ジャクソンを手掛ける人気プロデューサーのクインシー・ジョーンズと電撃結婚。90年に離婚しています。そして、離婚前後から女優業を復活させ、90年代初頭には映画「ツイン・ピークス」に出演し、いま もなお精力的に活動中です。

ちなみに彼女の娘で女優のラシダ・ジョーンズはポールの娘ステラ・マッカートニーと大の仲良しで、家族ぐるみの付き合いをしているそう(!)。

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Veruschka

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ヴェルーシュカは、1939年ドイツ生まれのスーパーモデル。

ドイツの伯爵の血筋で、44年、父はヒトラー暗殺未遂で処刑され、母はナチスによって投獄。終戦後、母や兄弟と再開するが、その生活は悲惨だっようです。

61年頃からニューヨークに住み、モデルとして活動を始め、66年頃、「ヴェルーシュカ」と変名し、その圧倒的な存在感でサンローランやヘルムート・ニュートンのミューズに。

ミケランジェロ・アントニオーニの映画 『Blow Up』(’66)で、
デヴィッド・ヘミングスに激写されているモデルがヴェルーシュカ本人です。

また、菜食主義者で着飾らない彼女のライフスタイルは、ヒッピーたちからとても支持されていました。

70年頃からアーティスト/パフォーマーとしても活動。ヴェルーシュカにボディペイントを施し、風景と同化させた写真作品『ヴェルーシュカ : 変容』を発表。自然への回帰を提唱するヒッピーである彼女の精神を、ヴィジュアルで表現した作品です。

近年は、『TIME』誌の「世界でもっとも影響ある100人」に選出され、
ブルックリンでたくさんの猫たちと暮らしているそうです。

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Charlotte Rampling

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シャーロット・ランプリングは1946年イギリス生まれの女優。

父は軍人でオリンピックのメダリスト。母は画家。ロンドンでモデルとしてスカウトされ活躍していた時に、監督に見出され65年映画デビュー。そ の後ロンドンで演技を学び、堪能な語学力を活かしてイタリアへ。69年の「地獄に堕ちた勇者ども」や73年の「愛の嵐」(半裸にサスペンダーでナチハットをかぶった姿で有名!)など で退廃的な魅力を発揮して注目を集め、以降はフランスやアメリカの作品にも出演作を重ねて国際的に活躍していきます。

シャーロット・ランプリングは、いわゆる三白眼。
シャーロットはモデルとして駆け出しの頃、「そんな目つきじゃ仕事は来ない。整形しなさい」と言われたそうですが、彼女を唯一無二の存在たらしめたのはそのミステリアスな眼差しでした。

モデル・女優としてだけでなく、彼女自身も熱心な写真家だそうで、歳を重ねた今も写真展や女優業にと活躍しています。

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Anita Pallenberg

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ローリング・ストーンズのブライアン、キース、そしてミックまでも魅了し、強い影響力を持ったことから「6人目のストーンズ」とも呼ばれるアニタ・パレンバーグ。

第二次世界大戦のさなかにローマで生まれたアニタは、ミュンヘンのアートスクールに通いながら劇団の女優として美貌と才気を放ちます。63年にはニューヨークへ渡り、ファッション誌のイタリア人カメラマンのアシスタントを務め、その関係からヨーロッパ各国でモデルの仕事を始めるようになり、Vogueの表紙などを飾りました。

そして65年、彼女が大ファンであったローリング・ストーンズのミュンヘンでのコンサートの後楽屋に入り込み、23歳のブライアン・ジョーンズと出会います。

それからの2年間、二人はスウィンギング・ロンドンで最も美しい「うりふたつの」カップルとしてもてはやされました。だけどそれも束の間、ブライアンの精神破壊と ドラッグへの依存は酷くなっていきます。

アニタは、彼女が働くことを否定するブライアンを説得し音楽を担当させた「Degree of murder」それに「バーバレラ」「キャンディ」「パフォーマンス」多くの映画に出演し女優としての地位も確立。
やがてアニタはブライアンの暴力に耐えきれず、喧嘩が絶えなくなり破局。’68年頃からキース・リチャーズと暮らすようになります。そしてその後10数年ふたりは一緒に暮らし、3人の子供を儲けました。

アニタは好奇心旺盛で知識にも富むゆえ、彼女が持ち込む宗教や黒魔術、過激な政治思想や奔放な性生活で、時に”悪女”としてメンバーを翻弄しながらも、ローリング・ストーンズの音楽的発展に大きく影響を与えた重要人物とされています。

また彼女のファッションが与えた影響は今でも大きく、ケイト・モスやシエナ・ミラーなどがファッションアイコンとしてアニタの名前を挙げています!

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Patti Boyd

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The Beatlesのジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンの前妻であり、二人に大きなインスピレーションを与えたミューズ、パティ・ボイド。

17歳の時にロンドンに移住し、ファッション雑誌にスカウトされ、モデルとしての活動を始めたパティは19歳でジョージ・ハリスンと出会います。きっかけは彼女が『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! 』にビートルズファンの女学生役で出演していたことでした。

ジョージに猛烈なアタックを受け、最初は当時いた恋人の為に断っていたが、二度目にジョージと再会した際に恋人と別れパティはジョージと付き合うことに。66年(出会ってから2年)で結婚 。
当時のビートルズは世界的に大人気だったのでファンから大いにブーイングされながらも、二人はささやかに式を挙げました。

かねてより東洋神秘学に関心のあったパティはジョージと共にインドへ。ジョージは東洋思想に深く傾倒していきました。

ビートルズ間の不和からくるジョージのドラッグ依存や極端な東洋思想への傾倒により、ジョージとパティは不仲に。それを当時ジョージの親友でありパティの妹の夫であったエリック・クラプトンに相談したところ、密かにパティに思いを募らせていたクラプトンは彼女への想いを爆発させるようになります。

パティはクラプトンの誘惑にも負けず献身的にジョージとの仲を回復しようとするも、74年に離婚。79年にクラプトンと再婚することに。

大喜びしたクラプトンだが、かねてからのアルコール依存と女癖の悪さが災いし、89年に離婚。写真家のウィル・クリスティーと付き合うようになったパティは自身も写真の道に進みます。

パティはやや出っ歯であったため、当初はカメラマンたちに受け入れられなかったといいます。それが数年後にはロンドン、ニューヨーク、パリで活躍する人気モデルに。さらにはジョージ、クラプトンだけでなくジョン・レノンやRolling Stonesのミック・ジャガーも彼女に夢中で、アプローチを繰り返していたというほど!まさにイギリスに愛された女性ですね♥

また、2007年に刊行された彼女の自伝は発売後すぐにイギリス・アメリカでベストセラーとなっています。

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終戦後、価値観も経済観念もすべてがひっくり返った激動の時代で輝き、駆け抜けた彼女たち。

写真は割愛させて頂きましたが、皆が現在も各々の道で精力的に活躍中です。さすが!

パワフルで美しく、時にしたたかな彼女たちからは、学ぶことがたくさんです。

ファッションやメイクはもちろんのこと、彼女たちが残した”作品”にもぜひ触れてみてください。

ミューズの素が見つかるかも~♥

xx

amani